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ヨガと瞑想で
人生が変わった

 

ヨガがだんだん流行り始めたのが私が大学生の頃でしたから今から20年くらい前のこと。

今やたくさんのところでヨガが気軽にできるようになり、多くの流派も日本にいながら体験できるほどになっています。ヨガの叡智は何千年に渡って伝わってきてますが、その哲学を私自身が日常で、練習の中で、体感するに至ってないこともたくさんあります。

だから、私にできることは「自分で体験したことをシェアすること」です。
続けてきたからこそ体感や実感できたこと、恩恵があります。
それを紹介したくて、ヨガや瞑想の実践をご縁がある方と一緒に続けさせてもらっています。
 
以前の私は、というと、自分に自信がなく、めっちゃ自分に厳しく、そして自分があまり好きではありませんでした。
繊細で、身体もそんなに強くなく、不器用。笑
 
自己紹介シリーズにも書いたのですが、生きづらさは小学生くらいから感じてきたと思います。
ひょうきんで、楽しいことが大好き、友達もいてくれた一方でそういう生きづらさを感じる自分を恥じ隠すことに、世の中に馴染むことにもう必死でした。


いつも何者かにならないといけない
強くならなきゃ
繊細ではダメ
隠さなきゃ、本当のダメな私
 
と思っていた私が
 
自分のことを好きになり、
ダメな自分でもいい、と思えるようになり、
繊細なままなんだけど
心身共に元気にパワフル!
 
になりました。
 
ヨガや瞑想を続けた一番の恩恵、
それは私にとっては「自分と親しくなった」ことでした。
 
マットの上で練習したことが、日常の癖を変え、やがては人生を変えてくれました。
親しくなるにつれてダメな自分を変えよう、から、あるがままマルっと自分を受け入れよう、というベクトルへと自然に変わっていきました。

 

 

具体的にどんなふうになぜ親しくなれたのか、瞑想、ヨガに分けてご紹介したいと思います。

 

●ヨガ編

ー心の癖に気づき、傾聴の力が養われ、あるがままを受け入れられるようになるー

 

心の癖に気づく

どうポーズを取るか、どう取り組むかに意識を向けると心の癖に気づけるようになります。

 

例えば日常を頑張るモード、で、いろんな判断をしてより良い結果を得られるために日々一生懸命だと、マットの上でも同じモードが自然に出てきます。

自分の身体を思い通りしようとしたり、思うように動かなければ否定してエゴを押し付けたり。笑

 

身体を通していろんな自分を見ることができます。

 

傾聴の力が養われる、あるがまま受け入れられるようになる

ヨガを始めてすぐの頃、もっと柔らかくなれ、的な気持ちで、ポーズを自分に押し付けるような練習をしがちでした。それで実際に身体を痛めたこともあります。

「思い通りにしたい」というモードがデフォルトになっていて、心身に寄り添う傾聴の力が全くありませんでした。

 

ヨガのポーズで大事なのは「見た目」ではなく「安定して快適」であること。

そのため、毎回同じ型ではなく、その日のコンディションに合わせて感覚を頼りにポーズを取る必要があります。

傾聴してポーズを身体に合わせる、ことを繰り返し練習していくのは実は身体を動かした反応にどう対応するかで見えてくる「心の癖」に向き合うことになり、「今の自分」や「あるがまま」を受け止める、練習となっていきます。

 

私がこれで1番良かったのは、ダメでもいい、と自分を受け入れるようになれたこと。

硬い身体を「そのままでいいよ」と練習の中で繰り返し受け止めていくうちに、それが日常の中での思考の癖も変えてくれて「〇〇ならなきゃ」の呪縛から解き放たれました。笑

 

 

●瞑想編

ー自動思考モードから少し距離ができ、ジャッジだらけで自ら問題を作り出してることに気づくー

 

よく瞑想をあまりやったことない方から言われるのが、「無にならないといけないんですよね」ということ。でも、思考が湧き上がってくるのは本来人間にとって自然なことで「考えない、無になる」とはとても難しいことです。

 

では、瞑想で何をしているのか。

それは「湧き上がってくる思考に反応しない、ジャッジしない」練習です。

もし反応して考え事をしているのに気づいたら、今ここに意識を戻してくる、という繰り返しです。

 

そうするといかに自分が「今」この瞬間に生きていないかよくわかりました!笑

過去や未来のことばーーーーっかり頭に浮かんできては今ないことにエネルギーを使っている自分に何度も出会うんです、瞑想で。

 

さらに、ヨガや瞑想の実践で「自分の状態に気づける」ようになると、日々どれだけジャッジしているか分かるようになりました。自分に対して放った矢(厳しめの目線)は他人にも飛ばしたくなり、逆に、他人をジャッジすると、それは自分にも必ず返ってきます。

結局、「こうあるべき」と勝手に作り上げた枠に自分も周りの人も当てはめて、無意識のジャッジだらけの日々の中、自ら「問題」や「生きづらさ」を作り上げていました。

 

「作り上げた枠」が本当は幻で自分が勝手に作ったものだったんだ、と人体実験するように自分の瞑想体験から学んでいくと、みんなも私も「正しくなくていい」と自然に思えるようになりました。

 

人と意見が違ってもイライラしないし、「普通、〇〇」のような勝手な常識で自分や他人を斬らなくなりました。

 

今は、みんな違ってそれがいい、と心から思えています。

 

 

●瞑想とヨガの継続編

ー晴れの日もあれば、雨の日もあるー

 

みんな、調子のいい時、悪い時を繰り返して生きていると思います。

ただ、過ぎ去ってしまえば忘れがち。笑

私自身も過去、自分に自信がないから、悪い時期が来ると必要以上に落ち込んで、いっつも落ちてばっかりな気がして自分に嫌気が差していました。

でもヨガや瞑想で自分の今の状態を見る、を繰り返していくと、自然にわかります。

調子のいい時も悪い時もあるけれど、ジタバタしなくても全ては過ぎ去ってくれる、と。

 

今では調子が悪くても「あぁ、また来たか、でもまっそのうち大丈夫になるでしょ」と、ドンッと構えていられます。

だって何度も経験して、それでもどうにかなってきたし、逆に言えば調子いい時も来るんだから、と心から思えています。

継続するということは地味だし難しいことでもありますが、観察日記のように自分のことに詳しくなれて、心身の状態の傾向がわかるようになり自分への理解がグッと深まりました。

 

 

さて、●ヨガ編 ●瞑想編 ●ヨガと瞑想の継続編 と3つに分けて私の経験を書きました。

これがヨガや瞑想の全てではないです。

きっとみなさんに起こる変化も人それぞれだと思います。

 

でも一つ言えることは、みなさんの人生が「自然に」いい方向へ向かい始めるということ。

無理に変えようとか、自分に何かを押し付けながら生きなくていいんです。

過去の私は問題を思考でどうこうしようとしていました。

でもそれだと、問題を人を自分を、思い通りにしたくて、空回りばかり。自分さえ思い通りにならないのだから、人をコントロールできるわけないですし、不安やイライラ、などがつきまといます。

 

もちろん、問題にも対処するし、頑張らないということではなくて、何かに取り組んだり受け止めたりするときに、必要以上に焦ったり、不安にならなくていいし、自分にも他人にも、もっとおおらかになっていいんだ、と思えるようになりました。

それは頭での理解を超えて経験が教えてくれたことなので、疑いようがありませんw


​そのままの自分を今より少しでも受け止められるようになると全然違う世界が広がります。

 

日常の中で少しの時間、ヨガや瞑想を通して心身にしっかり意識を向けてあげる。

 ”ただ受け止めてあげる” 時間を通して、自分の根を太くし、「今、ここに、私である」ことに安心していきましょう。

 
ご縁がありましたら、マットの上で会いましょう。
 
読んでくださってありがとうございました。